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大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)3329号 決定 1996年2月07日

債権者

奥博夫

右代理人弁護士

戸田正明

債務者

大阪神鉄交通株式会社

右代表者代表取締役

小玉一雄

右代理人弁護士

竹林節治

右同

畑守人

右同

中川克己

右同

福島正

右同

松下守男

主文

一  債権者が、債務者に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成八年二月から第一審判決の言渡しまで毎月二七日限り、金三〇万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立を却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申立の趣旨

一  主文第一項同旨

二  債務者は、債権者に対し、金八万五七七〇円、及び平成七年一二月から本案判決確定に至るまで毎月二七日限り、金四二万八八五〇円の金員を仮に支払え。

第二事案の概要

本件は、債務者が債権者に対してなした雇止めを無効として、労働契約上の地位にあることの確認及び賃金の支払を求める仮処分である。

一  前提となる事実関係

1  当事者

債務者は、肩書地に本社を置くタクシー会社であり、債権者は、債務者のタクシー乗務員として平成三年一一月一五日に雇用され、稼働してきたものである。

2  債務者は、債権者に対し、平成七年九月三〇日付の「雇用契約終了の御通知」と題する書面において、債権者との間の雇用契約を雇用期間満了日である平成七年一一月一五日をもって終了すること及び債務者は右雇用契約を更新する意思はないことを通告し、同日より後、債務者は債権者を従業員として認めず、賃金も支払わない。

3  債権者と債務者の取り交わした雇用契約書には、<1>期間を一年とすること、<2>期間満了に際して当事者が契約を終了させる旨の意思表示をしなかったときは、契約が同一条件で更に一年間更新され、その後も二年間を限度に同様とすること、との定めがある(なお、債権者は、右契約書に署名押印していないと主張するが、債権者の右主張は採用できない)。

4  債務者には、大阪神鉄交通労働組合(以下、「私鉄組合」という)と大阪神鉄自主労働組合(以下、「自主組合」という)が併存しているところ、両組合では適用される賃金体系が異なっている。すなわち、私鉄組合所属の組合員には、固定給の割合が高く、一時金については毎年団体交渉により決定される賃金体系(以下、「A型」という)が適用され、自主組合所属の組合員には、固定給の割合が低い賃金体系(以下「B型」という。なお、B型では、一時金について毎月前払いしている)が適用されている。債権者は、入社以来自主組合に属していたが、平成七年一〇月一七日に私鉄組合に移籍した。これに伴い、債務者は、同日、債権者の賃金体系をA型に切り換えた。債権者の平成七年七月以降の賃金は、以下のとおりである(毎月二〇日締め二七日払いである)。

七月―給与=三五万四三八五円、一時金=九万六三四五円

八月―給与=三三万四三六一円、一時金=八万三二六二円

九月―給与=三三万三九七七円、一時金=八万四二二二円

以上は、いずれも、B型であるが、これをA型により算定すると以下のとおりとなる。

七月―三五万九八二九円

八月―三三万八四二一円

九月―三三万九九九一円

二  債務者の主張の要旨

1  本件雇止めにおいて、仮に、解雇法理(解雇権濫用禁止の法理)の適用(類推適用)があるとしても、以下の事情があるから、本件雇止めは有効である。

(1) タクシー業界の経営においては、成績のよい運転手を選別していく必要が高いのであり、そのためには、一年の雇用期間を定めること自体企業経営上の必要性がある。

(2) タクシー運転手は、次々に職場を変える者も珍しくないなど労働力としての流動性が極めて大きく、又、再就職も容易であるから、雇止めによる労働者の不利益は、通常の場合と比べて少ない。

(3) 債権者と債務者間の雇用契約(以下「本件雇用契約」という)が期間の定めがあることは、契約書の作成交付、あるいは採用時の明確な説明書によって、明確に債権者に伝えられている。

(4) 債務者においては、一旦雇用した運転手を、出勤状況が悪い、事故多発、上司の指示に反抗する、等々の理由により短期で退社させているケースは多い(もっとも、雇止めという形ではなく、期間途中で本人を説明して退職届を提出させるという形をとる場合も多い)。

(5) 平成七年九月、債権者は、同僚運転手らとともに大阪山陽タクシー株式会社への就職活動を行っていたものであり、本件においては、雇用の継続に対する労働者の期待というようなことは本来考えられない。その後、右移籍が破談になったため、債権者はその態度を一八〇度転換させることになったものと思われるが、このような本人の場当たり的且つ身勝手な希望を、法的に一種の期待権として保護すべき理由はない。

2  雇止め当時の債権者の賃金は、A型により算定されるものであるが、右は、債権者が私鉄組合へ移籍したため、その従業員に適用される労働協約が変更された結果であるにすぎない。

3  保全の必要性については争う。

三  債権者の主張の要旨

1  本件雇止めには、解雇法理の適用(類推適用)があるといえるから、契約の更新を拒絶することが相当と認められる合理性な事情が存しない限り、債務者は、契約の更新を拒絶できないというべきであるところ、右合理的な事情は存しない。したがって、本件更新拒絶は無効であり、許されない。

2  債務者は、自主組合(B型)から私鉄組合(A型)へ移籍した者に対し、その者の合意を得ずして勝手に賃金体系をA型に変更し、不利益な取扱(一時金については、年度途中の移籍組合員については支給できないとの取扱)をなしている。したがって、仮払い金額については、B型による賃金額を基準に算定されるべきである。そして、平成七年七月~九月のB型の賃金(給与及び一時金)の平均は、四二万八八五〇円であり、同年一一月一六日から同月二〇日までの給与は、日割り計算すれば、八万五七七〇円となる。

四  争点

本件契約更新拒絶の効力の有無。

第三当裁判所の判断

一  疎明資料及び審尋の全趣旨によると以下の事実を一応認定、指摘することができる。

1  債権者は、自主組合に属していたものであり、自主組合に属していた従業員は、いずれも、債権者と同様な雇用契約(すなわち期間の定めのある雇用契約)を締結しているものと考えられる。

2  自主組合に属する従業員の内、勤続四年を越える者も一〇名以上存するものである。そして、自主組合に属する従業員は、全従業員の過半数を占めるけれども、同人らの間に自分達が臨時雇いであるとの認識が存するとは思われない。

3  一年ごとの契約更新の手続は、仮に行われていたとしても、せいぜい、「又、働いてもらうから」等、口頭で告げられる程度の簡易なものであったと考えられる。

4  現在まで、雇止めにより、更新を拒絶された例につき、債務者は疎明をしていない。

二  以上によれば、本件雇用契約は、期間の定めのあるものであるけれども、その実態に照らせば、その雇用期間についての実質は期間の定めのない雇用契約に類似するものであるといえるものである。したがって、右雇用契約の更新を拒絶するについては、実質的に解雇と同様の法理(解雇権濫用禁止の法理)が類推適用されてしかるべきといえる。

三  そこで、債務者の主張するところ(前記「債務者の主張の要旨」1の(1)~(5))を検討するに、右(1)~(5)の内、検討に値するのは、(5)のみであると考えられるところ、たとえ、(5)の如き行為が債権者にあったとしても、ことさら債務者の営業を妨害する意図のもとに行った等の事情がない限り、右事実のみを理由として雇止めをすることは、濫用にわたり許されないといわざるを得ない。そして、右害意等の事情を疎明する資料は存しない。又、他に、右雇止めを正当化するに足りる疎明もない。

したがって、本件契約更新の拒絶は無効であり、許されないというべきである。

四  保全の必要性について

1  本件雇止め当時(平成七年一一月一五日)において、債権者に適用される賃金体系はA型かB型かについて

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、右当時、債権者は、私鉄組合に移籍しており、同組合は、債務者との間において、賃金についてはA型の体系を取る旨の労働協約を締結している事実が一応認められるから、特段の事情のない限り、債権者には、A型の賃金体系が適用されるというべきである。債権者は、債務者が不利益な取扱をしている旨主張するが、右主張を裏付ける疎明はない(もっとも、付言するに、後記2のとおり、債権者に対する仮払額は、保全の必要性の点(特に、後記2の<1>、<2>)から、月額三〇万円の限度でしか認められないというべきであるから、債権者の賃金がA型であるかB型であるかによって、結論としての仮払額には、特に影響を及ぼすものではない)。

2  疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、<1>債権者は、妻と息子とともに暮らしているところ、妻はパートで年収約九九万円を得ており、息子も会社員であること、<2>債権者は、現在、妻子の収入により生活していること、<3>債権者の本件雇止め当時の賃金は約三三万円であったこと、が認められる。右事実のほか平均的家庭における標準的な家計支出等諸般の事情をも併せ考えると、債権者に対しては、平成八年二月以降毎月三〇万円の金員の仮払が必要であると一応認められる(なお、過去分の仮払いについては、必要性の疎明がない)。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 村田文也)

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